Procol Harum

2010年8月 3日 (火)

「青い影」を書いたキース・リード

 「青い影」 A Whiter Shade of Pale を世に送り出したことで知られるプロコル・ハルムというグループには、専属の作詞家がいました。その人の名をキース・リード Keith Reid といいます。彼はまた、1967年のデビューから1977年の解散、その後の再結成にいたるすべての時代を通じてグループの正式メンバーとして名をつらねています。
(注・「青い影」は後日訳しました。第50回

 インターネット上で公開されている彼のインタビューの中から特に面白いと思われるものを翻訳しました。

Procol Harum

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「ソングライター・インタビューズ プロコル・ハルムのキース・リード」
(『SONGFACTS』 2009年4月2日収録 ・ 前半部分)


――作詞家がバンドの正式メンバーである例をほかにご存じですか?

キース: 初期のキング・クリムゾンにいたピート・シンフィールドがそうだったように思う。今思い浮かぶのはそれくらいだけれど。プロコル・ハルムについて言えば、バンドを一から立ち上げたのはゲイリー(訳注・ゲイリー・ブルッカー)と僕だ。あれは相当変わった立場だったね。作詞家がバンドの結成から何まで責任を負うなんてケースは特に。

――詞は主にどのように書かれますか?

キース: これっていう決めたやり方がひとつでもあればいいと思ってるけどね。やり方は山のように生まれるものなんだよ。僕が最初に書き始めたころはコントロールなんかぜんぜんできやしなかった。ソングライターとしての最初の何年かは、一つの詞を書いてから次の作品に行くまでが心細くて仕方がなかった。それって単にインスピレーションの問題じゃないか、と思った。道理でコントロールなんかできないわけだ。おまけにそれがもう二度とやって来なかったとしたら・・・。その後自分にも状況をコントロールする力がいくらか備わっていることに気がつき始めた。
 いつか必ず、何かが舞い降りて来る。でも来たらそれと真剣に取り組まなくてはいけない。目を見開いてなくてはいけない。耳も開いてなくちゃいけない。君は君を撃ち抜くものをじっと待つこともできる。それが入って来やすいように日頃から練習を積むこともできる。方向性を研ぎ澄ましておくんだ。
 で、僕はわかった。時期というものがあるんだと。みんなはよく「ライターズ・ブロック」(訳注・writer's block 作家が突き当たる壁)を話題にするけれど、僕には時期があるのみだ。毎日と言っていいくらい歌が生まれる「時」を人は経験する。アイデアは浮かぶし何事も調子よく進む。しかし周期そのものを追い求めようとすると、かえって一つの火花も散らさないことがあり得る。だから僕は心配しないことにした。とてもクリエイティブな時期もあれば、泉が枯れてしまう時期もある。
 真夜中にはっと目覚めてアイデアが浮かんだらすぐさま書きとめなければいけない。朝になれば何も覚えちゃいないからさ(笑)。このことを知らない作家はいないと思うよ。ともかくも書いているときに感じるのは、歌は自分のまわりにあるということだ。それはラジオのようなものだ。周波数を合わせれば、どこかでそれは見つかる。

――「青い影」("A Whiter Shade of Pale")はあなたの最初の作品ですか?

キース: いや。最初12か15くらい数があって、「青い影」はそのひとつだった。1枚目のアルバムに入っている曲はその書き始めの頃のものだ。

――「青い影」がのちにあのようなことになることは分かっていましたか?

キース: いや、分からなかった。もちろん興奮はあった。みんなとても気に入っていた。12曲かそこらの曲をリハーサルで演奏したときからそれはとりわけいい曲に思えたよ。ほかにも同じくらい気に入った曲はいくつかあったけど。1枚目のアルバムには「サラダ・デイズ」という強力な競走馬が控えていた。さて最初のセッションで我々は4曲録音した。「青い影」はもっともうまく録れた曲だった。
 当時歌の良し悪しは問題じゃなかった。どれだけレコーディングがうまくいったかということが我々の常なる問題だった。基本的にはライブ録音だったし、優秀なエンジニアに恵まれなかったり、あるいはスタジオがよくなかったりしたら本当にいいレコードは作れなかっただろうからね。ありがたいことに我々がスタジオで録ったものは、最初からすべていい音が鳴っていた。

――あなたが書いた「青い影」には元々さらに歌詞が付いていました。失われた歌詞についてはどう思われましたか。

キース: オリジナルは今あるものの二倍の長さがあった。その頃長い曲が流行となりつつあったんだ。きっかけはディランだったかもしれないしビートルズの「ヘイ・ジュード」だったかもしれない。だから僕は思ったね。よしここはひとつうんと長いやつを書いてやろう、と。だが実際にバンドでやり始めていざレコーディングという段になると、歌詞がまるごとひとつ自然に抜け落ちた。かなり初期の段階で僕らはその部分を捨てたんだ。ちょっと長すぎるかなあとは思っていた。何しろ10分近くあったから。リハーサルで歌詞を3番までにして7分くらいにサイズを縮めた。
 でもプロデューサーは言うんだ。
「なあ、もしラジオにかけてもらいたいと考えているならばだ。もしこの曲を目に見える形で現実にレコードにしたいと考えているならばだ。君らは歌詞(バース)をもうひとつ削ることを考えなくちゃならん」
 僕らはやった。うまくいったみたいだったから、それについて残念に思ったということはなかったよ。悩んだりすることもなかった。

――歌をジグソーパズルのようなものにたとえてらっしゃったのをどこかで読んだことがあります。パズルのピースを集めているのだと。

キース: ああ、それはソングライティングの初期の頃についての言葉だ。インスピレーションであれ何であれ、パズルのピースとして受け取ったものを僕は歌として感じるんだ。この場合で言うと、まず‘Whiter Shade of Pale’というタイトルがひらめいた。そしてこう思った。ここに歌がある、と。ピースがうまくはまるようにパズルを完成させていく。「絵」を見つけられれば、残りのどのピースがどこにはまるかは自ずと分かる。

――それはあなたが詞を連続的に書いていることを意味していますか。だとしたら次に続く言葉は「我々は軽やかにファンダンゴを踊った」(We skipped the light fandango.)であったはずです。それとも構想が先にあって、それとの格闘の中で詞は紡ぎ出されるものなのでしょうか?

キース: 場合によりけりだね。今の例で言えば僕は「我々は軽やかにファンダンゴを踊った」から始めた。タイトルが決まればあとはたいてい一行目から入って行く。物語がどう始まってどう終わるかは僕には分かるから。

――始まりと終わりがあるという意味で、あなたは曲を物語としてとらえているのですか?

キース: そのとおりだ。映画に近いかもしれない。物語を語りながらムードを盛り上げようとするところがね。これはある人間関係についての歌なんだ。人物の性格があって場所があって、旅がある。そこには部屋の音、部屋の感触、部屋の匂いさえもがある。確かに旅は始まっているが、詞の一行一行が助け合いながら集まったものという感じはないな。糸でつながれた感じがある。

――私はいつも「粉屋が話を語った」(the Miller told his tale)が「鏡が話を語った」(the mirror told his tale.)に聞こえていました。女が鏡を見ているときに起こったことなのだとずっと思っていました。

キース: そちらの方がよかったかもしれないね(笑)。

――あなたはおそらくチョーサーか何かをお読みになっていたと思うのですが。

キース: いや、読んでいないよ。みんなすぐに訊きたがるんだよね。「ああ。チョーサーの『粉屋の話』だ」ってみんな思うんだ。僕は生まれてこの方『粉屋の話』は一度も読んだことはない。潜在意識のどこかでもしかしたら知っていたのかもしれない。でもチョーサーから引用した意識がなかったことは確かだ。本当に。

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 ということで次回の訳詞はプロコル・ハルムを予定しています。



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