Bob Dylan

2009年2月 7日 (土)

『ボブ・ディラン自伝』を読みました

Bob Dylan Chronicles

 『ボブ・ディラン自伝』(2005年 ソフトバンクパブリッシング)を読了。今日はその感想です。

 孔子にしろキリストにしろ親鸞にしろソクラテスにしろ、各界の神さまたちは世のため人のためにすることに忙しすぎて、「書く」ことなんか顧みなかっただろうと思うのです。だから彼らの思想はみな、お弟子さんがまとめた書物により我々の知るところとなりました。
 神さまは本を書かない。ましてや公表するための回顧録など書くわけがない。
 というのが人類の歴史をざっと見た上での私の印象ですが、ここに来て大きな例外が現れました。それが歌手のボブ・ディランが書いた上記の自伝です。
 煙に巻くことがトレードマークだったようなディランが、ここまで真面目に、克明に、かつ親切に、信条やら思い出話を語ったというのは驚きでした。例えばこんな箇所。

「狭い室内いっぱいにアメリカのレコードがあり、蓄音機もあった。イジーはわたしをその部屋に招きいれてレコードを聞かせてくれた。わたしはその部屋で大量のレコードを聞き、巻いて保管されている大昔のフォークの楽譜まで見た。ひどく込みいった現代世界に、わたしは興味を持てなかった。それは重要でなく、意味がなかった。魅力がなかった。わたしにとって新しくて生き生きしたもの、わたしにとっての現在とは、タイタニック号の沈没やガルヴェストンの大洪水、トンネル掘りのジョン・ヘンリー、ウエストヴァージニア鉄道で男を撃ったジョン・ハーディなどだった。わたしにとっては、そうしたことがいま現実に起こっていることだった。それこそがわたしが思いを馳せるニュースであり、留意して記憶にとどめるべきものだった。」
(P25)

 フォーク界の大先輩であった、のちに恋人同士になる歌手のジョーン・バエズについてはこう書いています。

「レコードから、彼女(注・ジョーン・バエズ)が社会の変革に興味を持っていることはわからなかった。わたしは彼女を幸運な人だと思った。小さなころから彼女に合ったフォークミュージックに接して関心を向け、それを分野を超えた完璧な形で表現するすばらしい技術を身につけたラッキーな人だった。ほかに、そこまでの域に達している者はいなかった。彼女はずっと上のほう、だれも手が届かないところにいた――シーザーの宮殿に住むクレオパトラのように。彼女が歌うとだれもが衝撃を受けた。ジョン・ジェイコブ・ナイルズと同じで、ふつうの人間とは思えなかった。わたしは恐ろしくて、彼女に会いたくなかった。牙をこちらのうなじにつき立てるかもしれないのだ。会いたくはなかったが、やがて会うことになるのはわかっていた。かなり後れをとってはいたが、わたしも同じ方向を目指していた。ジョーンのなかには炎があり、わたしのなかにも同じ炎があった。」
(P316)

 そしてもうひとり。セカンド・アルバム『The Freewheelin' Bob Dylan』(1963年)のジャケットを飾った、デビュー当時の彼の恋人、スージー・ロトロ。彼女に関する記述も面白いです。少々長いですが引用します。

「わたしは、前から少しだけ知っていた黒髪の女性、カーラ・ロトロと話をしていた。カーラはアラン・ローマックスの個人秘書で、そのカーラが自分の妹をわたしに引きあわせた。妹の名はスージーだったが、自分で名前の綴りを「Susie」から「Suze」に変えていた。最初に会ったときから、わたしはスージーから眼が離せなくなった。わたしがそれまで会ったなかで最高にセクシーな女性だった。白い肌と黄金色の髪をした、まじりっけなしのイタリア系だ。突然、まわりの空気が熱くなり、バナナの葉でいっぱいになった気がした。スージーと話を始めると、頭がぐるぐる回りだした。いままではヒュッと音を立てて耳をかすめるだけだったキューピッドの矢が心臓に命中し、その重みがわたしに自分を失わせた。
 (略)つぎの週いっぱい、わたしはスージーのことを考えて過ごした――心から彼女を追いだせずに、どこかで偶然行きあわないものかと願った。初めて恋に落ちた気がして、三十マイル離れていても彼女の気配を感じ、その体を自分の横に感じたいと思った。いま、いますぐにそうしたかった。映画はいつも魔法のような効果を持っていて、建物が東洋の寺に似たタイムズスクエアの映画館は、映画を見るには最高の場所のはずだった。少し前に『クオ・ヴァディス』と『聖衣』を見たばかりだったが、それでも『謎の大陸アトランティス』と『キング・オブ・キングス』を見に行くことにした。気持ちを切り替えて、少しのあいだスージーから離れる必要があった。『キング・オブ・キングス』はリップ・トーンやリタ・ガムが出ていて、ジェフリー・ハンターがキリストを演じていた。スクリーンでは重々しい物語が進行していたが、わたしは入りこむことができなかった。二本目の『謎の大陸アトランティス』も同じようにひどかった。死の光線を放つクリスタル、巨大な深海魚、地震、火山、大津波、そのほかいろいろ。もしかしたら最高におもしろい映画だったのかもしれないが、わかるわけがなかった。まったく集中できなかった。」
(P328)

 彼は、人が恋をしたときの心の動きについてとても素晴らしい正確な描写をします。でもディランはこれを自伝として書いているわけです。You’re so kind!

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